Contents
川越の街に溶け込む“ベトナムの風”
川越クレアモールの一角に、ふと鼻をくすぐる香ばしいパンの香りが漂う。
その源は「バインミーバーバー川越店」。
本場ベトナムのサンドイッチ「バインミー」を中心に、素材にこだわった手作りの味を提供する小さなお店だ。
店を切り盛りするのは、店長の中村さんとベトナム出身の奥さま。
夫婦で力を合わせ、異国の地に“もう一つの故郷”を作り上げてきた。
取材当日も、ランチタイムを過ぎても店内には温かな笑い声が絶えない。
観光客だけでなく、地元の常連さんも多く訪れるこの店は、いまや川越の新しい名物となりつつある。
出会いは居酒屋で——国境を越えた縁
二人の出会いは、東京・朝霞の居酒屋だった。
当時、店長を務めていた中村さんのもとに、アルバイトとしてやってきたのが、留学生だった現在の奥さま。
彼女の留学期間が終わり、帰国を前にしたある日、「帰るのが寂しい」と打ち明けられたという。
「じゃあ、まずは付き合ってみようか。もしうまくいったら結婚しよう」と軽い気持ちで始まった関係は、
やがて真剣な愛へと育ち、結婚に至る。
コロナ禍という未曾有の時期を迎えながらも、「一緒に生きていく」覚悟が二人を支えた。
半年以上かけて見つけた“運命の場所”
夫婦が「お店をやろう」と決めたのは、コロナ禍の真っ只中。
下北沢の店舗で働いていた経験をもとに、フランチャイズでの開業を検討した。
立地の条件は3つ。
①観光地であること、②地域の人々が日常的に通える場所であること、③ベトナム人が多い地域であること。
この3つを満たす場所を探し続け、ようやく辿り着いたのが川越だった。
偶然にも、見つけた物件は以前ベトナム料理店があった場所。
「まるで導かれたようでした」と中村さんは笑う。
最初のうちは客足が伸びず、「バインミーって何?」と聞かれることもしばしば。
それでも地道に営業を続け、1年ほど経つ頃には、ようやく地域に受け入れられ始めた。
いまでは、客層の6〜7割が日本人。
残りはベトナム人や観光客だという。
「常連さんができて、名前を覚えて声をかけてくれる。やっと“川越の一員”になれた気がします」と、奥さまは嬉しそうに語る。
“3歳の娘にも安心して食べさせたい”——手作りへのこだわり
バインミーバーバー川越店のもう一つの魅力は、何といっても“安心して食べられる手作りの味”だ。
「3歳の娘でも食べられる料理を」との想いから、化学調味料を一切使わず、素材の持つ自然な味わいを大切にしている。
奥さまの実家はベトナムの地方都市。
「田舎では化学調味料が手に入らないので、自然の旨味で味を出すのが当たり前だった」と話す。
その経験を活かし、家庭料理のような優しい味わいを再現しているのだ。
店内のインテリアも、奥さまの故郷をイメージしてデザインされた。
まるでベトナムの街角に迷い込んだような穏やかな空気が流れている。
ベトナム人も、日本人も——文化の交差点として
開業当初、メニューは少なかった。
しかし、訪れるベトナム人の若者たちから「これも食べたい」「あれも作って」と頼まれ、少しずつメニューが増えていったという。
興味深いのは、同じバインミーでも“日本人向け”と“ベトナム人向け”で好みが全く違うこと。
「日本人のお客さんは野菜たっぷりを喜ぶけど、ベトナムの子たちは“葉っぱ多すぎ!”って抜いちゃうんですよ(笑)」
そんな文化の違いを笑い飛ばしながら、夫婦は日々キッチンに立つ。
食を通じて国や世代を超えた交流が生まれるこの場所は、単なる飲食店を越え、“文化の交差点”としての役割も担っている。
「家庭のように安心して過ごせる場所を」
中村さんに、今後の目標を尋ねると「“日常の一部になること”」と即答した。
「観光地だから、観光客の方ももちろん大切。でも、一番大事にしたいのは、川越に住む人たち。
日常の中で“今日はあの店でバインミー食べようか”と自然に思い出してもらえるような存在でありたい。」
奥さまも頷きながらこう続ける。
「家庭のように安心できて、いつでも温かく迎えてくれる場所をつくりたいんです。
それが、私たちにとっての“おもてなし”です。」
終わりに——川越で見つけた“もうひとつのふるさと”
「バインミーバーバー川越店」は、単にベトナム料理を楽しむための店ではない。
そこには、夫婦の人生があり、文化が交わり、地域が育む物語がある。
異国の地で出会い、支え合い、挑戦を重ねてきた二人が作る料理には、
どこか懐かしく、優しい味がする。
川越を訪れた際は、ぜひ立ち寄ってほしい。
パンの香りと笑顔が出迎えるこの店で、きっとあなたも「もうひとつのふるさと」を見つけられるはずだ。



この記事へのコメントはありません。