川越には観光スポットが数多く存在します。
蔵造りの町並み、一番街、氷川神社、喜多院、菓子屋横丁──。
多くの観光客が訪れる華やかな場所の一方で、ひっそりと佇みながらも、人々の記憶や生活文化を優しく抱きしめる場所があります。
その一つが、「旭舎文庫(あさひやぶんこ)」です。
本記事では、元駄菓子屋から始まった小さな建物が、いかにして“地域の文化拠点”として再生し、多くの人に愛される場所となったのか。
語り部の方のお話をもとに、その魅力を紐解いていきます。
Contents
■ 下町の静かな路地に佇む、小さな文化拠点
旭舎文庫は、川越氷川神社から徒歩5分ほど。
“志多町(したまち)エリア”と呼ばれ、観光客があふれる蔵造りの通りから少し離れた、穏やかなエリアに位置しています。
表通りにはバスも走っていますが、歩行者は比較的少なく、
「ゆっくりと街を味わいたい」
そんな人にぴったりのロケーションです。
観光案内所のようなにぎやかさではなく、
ふらっと訪れた人がじっくり町の歴史を学び、語り部の方とお話しできる。
そんな“心の余白”を感じられる場所になっています。
■ かつては子どもたちで賑わう「駄菓子屋」だった
語り部の方は、この建物を幼い頃から見てきました。
今でこそ展示スペースになっていますが、
昔は地域の子どもたちが集まる「駄菓子屋」だったといいます。
10円や20円の小遣いを握りしめ、
ラムネや駄菓子を買うと、おまけをくれる──。
そんな懐かしい、温かな場所。
しかし月日とともに、建物は老朽化。
お店のご夫妻も高齢になり、「いずれ店を閉めなければ」という話が出始めました。
やがて、
「誰か継いでくれないか?」
「建物を壊して更地にし、駐車場にするか?」
さまざまな案が飛び交います。
もしあの時、誰も声を上げなければ、
旭舎文庫は今ここに存在していませんでした。
■ “壊すか残すか”──地域が選んだのは「残す」未来だった
この建物の未来を巡って、地元では長い議論が続きました。
このエリアは商業用地としては人通りが少なく、一般的な事業を行うには採算が難しい場所。
そのため、再活用の手がなかなか挙がりませんでした。
しかしここで動いたのが、近隣の氷川神社でした。
神社の関係者や地元住民が集まり、
「壊すのではなく、文化財として残すべきではないか」
「町の歴史がここにある」
という声が次第に大きくなります。
数年にわたり話し合いが続き、
最終的に “保存・再生” が選択されました。
こうして、建物は解体されることなく、展示スペース・資料館として生まれ変わったのです。
■ “ゆっくりと話せる観光”を実現する場所
語り部の小松さんは、かつて川越駅前の観光案内所に勤めていました。
駅前は常に大混雑。
地図を渡したり案内するだけで精いっぱい。
ゆっくり話す時間はほとんどありません。
その経験と比較しながら、語り部の方は言います。
「旭舎文庫は、30分でも1時間でも、
お客様とゆっくり話ができるんです。
川越の深い魅力を共有できる場所なんです。」
表面的な“観光情報”ではなく、
文化や暮らし、生きた歴史を語ることができる——。
これこそが、他の観光スポットにはない価値となっています。
■ 京都の観光客が語った「川越の魅力」
印象的なエピソードがあります。
京都から来た観光客が、こう言ったそうです。
「川越には“生活の中に観光がある”。
京都とはまた違った良さがありますね。」
京都は観光都市であり、観光文化が前面に出やすい。
一方の川越は、観光スポットのすぐ隣に生活があり、
日常と歴史が自然に溶け合っています。
旭舎文庫のような場所があることで、
“生活者の目線”から川越を感じられるのです。
■ マンガやポップカルチャーから来る若者も増えた
最近は、川越を舞台にしたマンガやアニメの影響で、
若い観光客も増えています。
「作品に出てきた神社を見たい」
「イラストのモデルになっている建物を見たい」
そんな若者たちが旭舎文庫を訪れることも少なくありません。
語り部の方は言います。
「若い方とも自然と会話が生まれるんですよね。
自分も勉強しながら一緒に楽しめるんです。」
年齢や世代を越えた交流が生まれるのも、
旭舎文庫ならではです。
■ 子どもたちが「気に入った」と言ってくれる喜び
旭舎文庫では、小学生の子どもたちが来ることもあります。
ある日、3年生くらいの子が親と訪れ、
展示されているものをじっと見て、
「これ好き!欲しい!」
と素直に声をあげたといいます。
何の計算もない、純粋な反応。
語り部の方にとって、何よりの喜びでした。
歴史や文化は、本来難しいものではありません。
心が動けば、自然と興味が湧く。
そのシンプルな真実を、旭舎文庫は教えてくれます。
■ “教科書では学べない”地域の歴史を伝える
語り部の方は、旭舎文庫での学びを
自分の孫や地元の小中学生にも伝えたいと言います。
教科書の年表や暗記ではなく、
物語としての歴史。
人の営みとしての文化。
「歴史には必ず“物語”がある。
それを知れば、誰でももっと知りたくなる。」
地域の大人が語ることで、
子どもたちの世界は驚くほど広がります。
旭舎文庫は、
「生きた地域教育の場」
としての役割をも担っているのです。
■ 旭舎文庫が持つ“思想”と“ビジョン”
旭舎文庫の根底には、
氷川神社の「杜の構想」に代表されるように、明確な理念とビジョンがあります。
建物の再生方法、木材の使い方、光の入り方──
細部にまで思想が宿っており、
それは訪れた人が必ず気づく魅力となっています。
「1日や2日では学びきれない深さがあります。」
と語り部の方は言います。
旭舎文庫は、ただの観光スポットではなく、
“地域の想いが宿る、文化そのもの” なのです。
■ おわりに
川越に訪れたら、ぜひ旭舎文庫を歩いて訪れてみてください。
派手なスポットではありませんが、
ゆっくり訪れるほど味わいが増す、そんな場所です。
観光客も、地元の人も、
子どもも、大人も、年配の方も——。
誰にとっても、
「また来たい」と思える時間が待っています。
旭舎文庫は、今日も静かに、温かく、
川越の“生きた歴史”を語り続けています。



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